解説|よるのばけものを3回読み返してわかったこと ※ネタバレ

よるのばけもの

「不思議は不、思議なままで不思、議なんで、しょ」

だから『よるのばけもの』に残された数々の”不思議”を解き明かすなんてナンセンスかもしれない。

それでもやっぱり、考えずにはいられません。

『君の膵臓をたべたい』ですっかり住野よるさんのファンになった私。そこからわずか4日間で全4作品を読破しました。

綺麗に伏線を回収した『また、同じ夢を見ていた』と打って変わり、『よるのばけもの』はその答えを読者に委ねています。

あなたはどう考えましたか?

3回ほど読み直して気がついた、私なりの考察をまとめてみました。

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誰かを下に見ていないと不安な女の子とは?


「よるのばけもの」 住野よる

「いじめるのが好、きなふりし、て本当は誰かを下に見、てないと不安で仕方な、い女の子?」

まずは矢野が語ったこの女の子の正体について考えます。

候補は「中川」「井口」「工藤」ですが、私は「井口」だと思っています。

まずは中川について。

実は、中川のことが前から苦手だった。彼女は、自分の顔の派手さに自負があるからなのか、なんなのか、自分より劣っているとみなした人を傷つけることを怖がらない人間だ。

安達の考えが正しければ「中川がいじめを好きなふりをしている」とは考えづらいです。上靴をボロボロにされた後も、誰かに指示されたわけでもなく悪質な仕返しをしようとしていましたからね。

続いて工藤ですが、矢野との関係性が薄く、わざわざここで名前を挙げる人物とは考えにくいです。

ということで消去法でもありますが、井口が最有力です。

「矢野をクラスの一員と思っていない証明としてノートにひどい言葉を書いた」のは「いじめるのが好きなふり」と合致します。

「本当は誰かを下に見てないと不安で仕方ない」というのは矢野の消しゴムをとっさに拾った後の、か細い「違うの」を聞けば納得ですね。

「いぐっ、ちゃんは、いい子だ、よ」

「いい子が傷つ、くのはやだ、ね」

井口がみんなから嫌われないように、あえてみんなの前でビンタした矢野ですから、この場面で井口の名前を挙げるのも違和感がありません。

 

矢野はなぜ緑川の本を投げた?

続いて、矢野と緑川の関係について考えます。

わかっていることは

  • 普段、矢野は緑川に話しかけないこと
  • 矢野が緑川の大事な本を窓から投げ捨てたこと
  • その後、クラス中が矢野を悪者だと認識したこと

これは想像ですが、緑川はいじめにあっていて、矢野は緑川の代わりに嫌われ者になるためにみんなの前で本を投げ捨てたのではないでしょうか。

井口を守るためにみんなの前でビンタした矢野ですから、本を投げることくらい(怖かったでしょうが)やりかねません。

何も考えていないような矢野ですが、思慮深い人間であることは『よるのばけもの』を最後まで読めばわかります。

そもそも緑川を傷つけるだけであればみんなの前で行動する必要はありません。「緑川をいじめから守るため」と考えれば納得がいきます。

仲間意識。矢野たった一人を悪だとすることで生まれた、仲良くするための大義名分が、このクラスの中にはある。

残念ながらどこの学校でもいじめはありますし、無口な緑川はいじめの対象として適任です。

では誰がいじめていたのでしょうか?
ここで登場するのが「笠井」です。

 

矢野が語った「男の子」とは?

「頭がよ、くて自分がどうす、れば周りがどう動、くか分かって遊んでる男、の子?」

この「男の子」は間違いなく笠井ですね。

「笠井くんは悪い子だよ」

この言葉から緑川が笠井のことを良く思っていないのは明らかです。

笠井は緑川に対して明るく振舞っていますが、そこも笠井の「遊び」ではないでしょうか。本当は緑川をいじめているのに、みんなの前では仲が良いように振る舞う。悪質ですね。

笠井がどこまで考えていたのかは分かりませんが、矢野が緑川をかばって本を投げ捨てたのも計算の内ではないでしょうか。

笠井は、まぎれもなくこのクラスの中心人物だ。この、矢野に対する敵意で一丸となっているクラスの真ん中に、笠井はいる。

このクラスの中心は「笠井」。そして、このクラスの連帯感は「矢野いじめ」によって生まれている。

でも、笠井が直接矢野をいじめてもここまでの連帯感は生まれなかった。だから、矢野に緑川を攻撃させた。

想像の世界ですが、緑川に対して「お前のおかげでクラスに一体感が生まれたよ、ありがとう」くらいのことは言っていそうです。

「彼は本、当にうまいよ、ね」

「きっと彼に、は好き、な人なんて一生出来、ないって思、う」

緑川だけでなく、 矢野もここまでいうんですから、笠井が何らかひどいことをしているのは 間違いないでしょう。

 

馬鹿なクラスメイトとは?

「喧嘩しちゃっ、た元友達が、ひどいことされてて仲直りも出来な、くて、誰に対しても頷くだけしか出来、ない癖に責任を勝手に感、じて本人の代わりに仕返、しをして、る馬鹿なクラスメイ、ト?」

「頷くだけしかできない」

これは緑川以外にありえませんね。

そして、数々の仕返しが緑川の犯行だということが明らかになりました。

  • 野球部の窓が割られたこと
  • 井口のノートに書かれたひどい言葉
  • 中川の上靴がズタズタにされたこと
  • 高尾の自転車が盗まれたこと

「責任を勝手に感じて本人の代わりに仕返しをしてる馬鹿なクラスメイト」

緑川の仕返しも笠井がけしかけていると想像しましたが、これは緑川の独断の可能性も高そうです。(笠井はそれすら楽しんでいそうですが)

緑川の仕返しを振り返っていきましょう。

  • 野球部の元田達が矢野の靴箱にカエルを入れる
    野球部の窓が割られる
  • 矢野のノートに書かれた悪口
    →井口のノートにひどい言葉
  • 高尾と中川が矢野の傘を壊す
    →中川の上靴がズタズタに
    →高尾の自転車が盗まれる
  • 元田が黒板消しを矢野に投げる
    →また、野球部の窓が割られる

矢野が攻撃されると必ずやり返されていますね。  

「多分追いつ、かなくなったんだよ」

野球部の窓が割られなくなった理由の1つは、元田の矢野いじめが激しさを増したから。

ペットボトルで頭を殴ったり、差別用語と思われる言葉で罵ったり、黒板消しを投げつけたり。…元田が矢野へ一度にする“ひどいこと”が多すぎたから仕返しが追いつかなくなった。

もう1つの理由は緑川がハリーポッターを読んでいたこと。 

「ハリー・ポッ、ターの世界に出、てくるんじゃな、い」「まあ絵とか、ほうきとか、喋ったり動いたりするからね」「なるほどだ、からあ、の馬鹿やめ、たんだ」

ハリー・ポッターの世界では「モノが生きている」と知った矢野が、モノを傷つけるのをやめるのは自然な流れですね。

「でもま、だ気を付け、た方がいい、よ」

 矢野が大切にしていた能登先生のプレゼントを安達が割ったことへの仕返しはまだ終わっていません。

『よるのばけもの』では描かれませんでしたが、きっとこの後、緑川の仕返しが行われたでしょう。カフェオレを投げつけた工藤も危ないですね。

 

警報音を鳴らしたのは誰?

中川の上履きがズタズタにされた前夜、校舎に鳴り響いた警報音。

「夜休、みなんだから、警備員さんは何も言、わないはずたまた、ま来、た知らない先生に見つか、ったはずだと思っ、たの。だけど、あっちの棟だけ警報音鳴、ったりする? それに、音が小さ、い」

「そうだったら夜休、みなんだから、自分が持って、る目覚まし時計あたりを鳴らし、ちゃった相当な馬鹿だと思、う」

これは矢野の言う通り、本当の警報音ではない可能性が高そうです。

「そんな馬鹿な子みたいなこ、としない」

「文字ばっか、り読んで、たら、馬鹿になり、そうだ!」

矢野は緑川のことを一貫して「馬鹿」と呼んでいます。

 「相当な馬鹿だと思う」「クラスの馬鹿な子かもね」と矢野がしきりに不審者を「馬鹿」と呼んだことから、不審者は緑川だとみて間違いなさそうです。

能登先生は何を知っている?

ところで、なぜ矢野は犯人が緑川だとわかったのでしょうか。

これは想像の世界ですが、その鍵を握るのが「能登先生」だと思います。

いじめられて散々ひどい仕打ちを受けた矢野が保健室に行くのは必然であり、当然能登先生も矢野が置かれている現状をわかっています。

矢野が夜休みできるのは能登先生の後ろ盾があるからではないでしょうか。

そして、保健室に行く人はもう1人。

安達が鼻血を出して保健室に行った時に見た「緑川」ですね。能登先生は当然、緑川の話も聞いているでしょう。

誕生日プレゼントを送るほど仲が良い矢野と能登先生。緑川が仕返ししているのを矢野が能登先生から聞かされても違和感はありません。

なぜ警備員は来ない?

なぜ警備員はこないのでしょうか?
なぜ校舎のいたるところの鍵が開いているのでしょうか?

ここを追求するのはナンセンスだと思いますが、飛躍した妄想をすると実は「能登先生もばけもの」なんじゃないかと思っています。

自分の身をどう置くべきか迷っている安達に対して、能登先生がばけものになる必然性はありません。

それでも、「仮に警備員が能登先生のシャドーだったら」矢野が校舎に入れるのも、あらゆる場所の鍵を開けるのも容易です。

ファンタジーな世界ですので何が起こっても不思議ではありません。それでも判断材料が少ないので、深く考えるのはやめておきます。

よるのばけもの 感想

さて、謎解きはここまでにして『よるのばけもの』の感想を。

『よるのばけもの』のテーマは “いじめ”

実際のところ、このレベルのいじめが起こっている学校なんてそんなに多くはないでしょう。

「誰かを無視しないなら敵」

単に自分が鈍感なだけかもしれませんが、このようなシチュエーションに遭遇することはありませんでした。(女子の間だけとかなら起こっていたかもしれないけど…)

自分とはどちらかというと、相手に関わらずガンガン話しかけにいくタイプ。だから、自分がこの学校にいたらすぐにいじめられていたかも笑

ただ、もし自分が同じようなシチュエーションに遭遇したらどうしようと考えたことはあります。「大衆派」につくのか「いじめられっ子側」につくのか。

実際のところ、無視しなかったからといって詰め寄る人間だなんてごくごく一部でしょう。残りのクラスメイトは嫌々つきあっているだけ。矢野の消しゴムを拾ったくらいで悪口を書かされるとか狂気です。

「いや、俺はやらない」
それだけでいいんじゃないのかな。

安達は工藤に見放されたけど、絶対に理解者はいる。間違いない。

それにしても、学生時代ってのは窮屈だと改めて思う。

「無視するか無視しないか」で悩むのであれば、その労力を勉強や部活に注ぎ込んでほしいものだ。

それでも、少なくとも1年間、小学校だと最長で6年間同じクラスで過ごさなければいけないのだから、軽々しく扱うわけにもいかないのだろう。

今も日本の学校でこんないじめが行われているかと考えると悲しい。塾みたいにどこの学校に行くのかもっと簡単に選べればいいのにね。

親に迷惑をかけるから簡単に転校したいなんて言えない。自分が居心地の良いクラスを選べたら、あるいは学校に行かなくても暮らしやすい社会であればこんな思いをしなくてすむだろう。

誰も気がついていなかった。ここに化け物が座っているのに。

「夜」の姿がばけものだったはずの安達が、最終的に昼の姿を「ばけもの」と呼ぶようになった。

矢野はおかしい、それを本当のことだと思う俺は、まだここにいる。  緑川への仕打ちも、井口への行為も、ずれまくっている、それを正しいなんて思えない。その自分を捨てることはできない

これが正常な感覚だと思う。これ以上、自分の気持ちを無視して、自分がやりたくないことを続けていれば、それこそ本当のバケモノになってしまう。

だから、これからいじめにあうかもしれないけれど、最終的に安達が「自分の気持ち」を大切にしてくれてよかったと思う。

この日の夜、久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た。

もし眠れなくなっても、今度は人間の姿で「夜休み」にくればいいんじゃないのかな。

よるのばけものへの不満

最後に、残念な点を少しだけ。

私は『君の膵臓をたべたい』の桜良と【僕】のクスリとするやり取りや、『また、同じ夢を見ていた』の奈ノ花の独特の言い回しが大好きでした。

 ただ、本作ではそういった「住野よるさんにしか出せない言葉遊び」が少なかったのがちょっぴり残念です。

もうひとつ物足りないのは、回収されていない伏線が多すぎること。 この作品のテーマは「いじめ」のはずなのに、読んでいると謎の方にばかり意識がいってしまいます。

あとは、作品全体を通して、盛り上がる場面が少ないのが欠点ですね。昼→夜と比較的単調なリズムで進むため、途中でページをめくるのをやめてしまった人も多いのではないでしょうか。

住野よるさんの作品は大好きなので、次回作も楽しみです!

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住野よる作品を楽しもう!

現在発売されている住野よるさんの著書は6作品。どれも住野よるさんらしい独特の言葉使いと心情描写が魅力です。

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